2019年12月29日

百恵Discovery-2「紅白」では緊張しなかった百恵ちゃん!?


(※今回は前置き非常に長いので、百恵ちゃんネタまで飛びたい方は★印から読んでくださいね)

僕の幼少期の一番の楽しみはレコードを買ってもらう事だった、それも歌謡曲のレコード。
一番記憶の最古にある大好きな歌謡曲アーティストは「ピンキーとキラーズ」。
あのデビュー曲で200万越え、オリコン16週1位(現在でも最長記録)の『恋の季節』の
♪死ぬまで私を〜ひとりにしないと〜 のピンキーがポーズを取る場面などを真似して踊っていた記憶がかすかにある。
ピンキーとキラーズ(ピンキラ)のデビューは1968年5月。計算すると僕はまだ2歳になる。
物心ついたときから歌謡曲の虜たっだ僕はピンキラを始め黛ジュン、ザ・ピーナッツ、佐良直美、水前寺清子、伊東ゆかり、いしだあゆみ、奥村チヨ等女性ポップスが特に好きで、小学校に上がると天地真理に夢中、同時に欧陽菲菲、ちあきなおみ、岡崎友紀、尾崎紀世彦、フィンガー5・・・とアイドルとアダルトなポップスを一日中聴いていた。
レコード屋さんとジュークボックスが大好きで、「レコード屋さんごっこ」「ジュークボックスごっこ」(こんな遊びはたぶん自分だけだろう)は定番の遊び。
そんな自分がピンキラと同時期に夢中になっていたのが佐良直美と水前寺清子。

チータこと水前寺清子は当時何故かちびっこのアイドルだった。それもあの「お化け番組」のドラマ(あまりのヒットで視聴率50%越えの為つけられた冠)『ありがとう』の前からである。
僕もチータのレコードを買ってもらっては♪ボロは着〜てても〜 こ〜ころ〜〜の〜にしき〜(『いっぽんどっこの唄』)や、♪一本が十本に 十本が百本に 百本が千本に ふ〜え〜〜て〜ゆ〜く〜(『いつでも君は』)他、チータのレコードと共に歌っていた。そんなちびっこが多かったのだ。
チータのあの飾りのないキャラクターと元気の良さがちびっこ達に受け入れられたのだろうか。あの大ヒット『三百六十五歩のマーチ』はもちろん、翌年レコード大賞「大衆賞」を受賞した♪タンバリンリンリン タンバリン〜の『真実一路のマーチ』はテレビの前で持っていたタンバリンを叩きながらチータと共に歌っていた。
そしてお化け番組のドラマ『ありがとう』でいつも共演し、幅広い世代から人気のあったのが正統派歌手、佐良直美。

佐良直美はNHK番組の常連で、その正統派な歌唱はオリジナルだけではなく、当時音楽好きの日本の家庭ではよく聴かれていた映画音楽から世界のポップスまで、幅広いジャンルでお茶の間を魅了していた。にもかかわらずバラエティ番組やドラマでは着飾らない笑いを見せてくれる、そして司会もバツグン!というまさしくエンターティナーだった。
佐良直美は残念ながらポリープと佐良の家庭の事業を継ぐ事をきっかけに1986年を最後に芸能界から去ってしまう。
その頃はもう二十歳になる自分にとってあの素晴らしい声と、どこか自分を客観的に見るような第三者的な素晴らしい歌唱、それが無くなってしまうのは本当に残念な思いだった。
長い間観ることも聴くことも出来なくなっていたある日、佐良直美が新曲をリリースする!という大ニュースが飛び込んで来たのが2010年。
様々な周りの想いや偶然により『いのちの木陰』という新曲を発表した。
その頃から時折ラジオ番組やテレビのトーク番組『徹子の部屋』などで佐良直美さんが再び登場する機会があり、本当に嬉しい事だった。

チータと佐良直美。二人は60年代後期から70年代のNHK『紅白歌合戦』の顔で、
70年代は毎回入れ替わるようにこの二人が紅組司会を担当し、司会じゃない年は応援団長という二人だった。
1968年(昭和43年 第19回) 紅組司会 水前寺清子
71年(昭和46年 第22回) 紅組司会 水前寺清子
72年(昭和47年 第23回) 紅組司会 佐良直美
73年(昭和48年 第24回) 紅組司会 水前寺清子
74年(昭和49年 第25回) 紅組司会 佐良直美
75年(昭和50年 第26回) 紅組司会 佐良直美
76年(昭和51年 第27回) 紅組司会 佐良直美
77年(昭和52年 第28回) 紅組司会 佐良直美
79年(昭和54年 第30回) 紅組司会 水前寺清子
白組の司会は当時のNHKの顔、宮田輝アナウンサー、山川静夫アナウンサーが殆どで、『紅白』というとこの時代が自分の中では一番華やかな記憶にある時代だ。

★近年チータはBSフジで毎週土曜日午後16:00〜のトーク番組『人生は三百六十五歩のマーチ』のメインパーソナリティを務め、毎週お一人のゲストの人生を振り返る番組を放送している。
チータと親交の深いゲストとの週は特に楽しみで、ドラマ『ありがとう』との共演者や、同じレコード会社で想い出も多い美川憲一などの回は特に面白く、当時の思い出話も楽しめる番組で毎週録画して観ている。
その番組の10月19日放送回になんと佐良直美が登場した!
歌謡番組でも、紅白でも、そしてドラマでも、息のあった二人の佐良直美とチータ。
このコンビがこの番組で復活!と言えば大袈裟だが、僕にはそのくらい感激な出来事だった。

この番組では毎回そのゲストの生い立ちから芸能界での歩んだ道を年表と共にたどるものなのだが、今回の佐良直美の回でも生い立ちから引退〜現在まで、振り返った。
その中で楽しみにしていたのがドラマ『ありがとう』と『紅白』の裏話。
わくわくしながら『紅白』の思い出話を聞いていると突然「山口百恵」の名前が出てきた!

「当時『紅白』はとてつもなく緊張する番組で、舞台袖で見ていてもその時歌っている歌手の震えがライトに当たるホコリでわかってしまう。男性軍はズボンの裾が大きく震えているのが見えて、そういった他の歌手の緊張ぶりを見ると、どんどん自分も緊張してしまい大変だった。」というような話の後、佐良直美が
「一人だけあがらない人がいたの・・山口百恵さんです」
と言ったのだ。
司会をやっていた佐良直美が「百恵ちゃん大丈夫?あがらない?」と百恵に聞いたら、
「あがるって何ですか?」と言われ佐良直美は「え??? 、すごーい羨ましい」と思ったそうだ。
するとチータは「そうね百恵ちゃんってわりと3人の中でもちょっと感じが違うっていうか・・スーッとしてらして、任せておいて下さい!という感じでね・・」と振り返っていた。
佐良直美は「やっぱり大物と言われる人は違うんだな、って思って」と語った。
この『紅白』の顔だったお二人からまさかの百恵ちゃん話に興奮したが、「あがるって何ですか?」という百恵の発言にも驚いた。
この話は多分百恵が初出場した時の話かな?と思うが、その初出場 '74年(昭和49年 第25回)
の紅組トップバッターを務めた時のビデオを見返しても、確かに紹介時MCでも緊張している様子は無く、その後も堂々と歌い後半は笑顔で歌い納めている。
あがったか、あがらなかったかはどちらでも良いのだが、数々の『紅白』の司会をした佐良直美の思い出に「山口百恵」が残っているのが嬉しかった。
それだけの話でこんなに長いブログを書いてしまったが、やっぱりあの頃の華やかな「歌謡界」は『紅白』を見返しても、さまざまな歌番組を見返しても、先輩も同期も後輩もいる中で、何か暖かいものが通っていたなという思いがするのだ。

百恵ちゃんネタは僅かでしたので『紅白』の歌唱場面以外の百恵ちゃんと、紅組司会者による百恵ちゃんの紹介を動画でまとめました。
佐良直美さんと水前寺清子さんによる『紅白』トーク動画と共にお楽しみ下さい。



『歌以外の場面集』はこちら
'77年の佐良直美さんによる紹介が素晴らしい♪です!
https://www.dailymotion.com/video/x7prltf


また良き時代の『紅白歌合戦』のフル再放送を是非NHKさんにはお願いしたいものです。

今年もありがとうございました。
来年皆様にとってよい年になりますように(^^)
posted by kayochronicle at 07:49| Comment(2) | 百恵Discovery