2020年03月31日

引退ドキュメント-19

40年前の3月30日(日)
「山口百恵オン・ステージ」(徳島県・鳴門市)
この日は3月8日、飛行機トラブルで中止となった徳島公演の振り替え公演が行われた。

テレビでは「ヤンヤン歌うスタジオ」(東京12チャンネル 19:00〜)
沢田研二、西城秀樹、野口五郎、山口百恵、岩崎宏美、太田裕美、川崎麻世、渋谷哲平ほか

3月31日(月)
レコーディング。

テレビは公開生放送「紅白歌のベストテン」(日本テレビ 20:00〜)
郷ひろみ、山口百恵、小林幸子、石野真子、細川たかし、五木ひろし、岩崎宏美、狩人、朝田のぼる、ほか
『謝肉祭』を歌唱。

※おわび 3月24日(月)に「紅白歌のベストテン」出演と掲載したのは誤りで
この日の出演映像でした。


-週刊TVガイド3月28日号-

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『謝肉祭』
激しい恋に身を焦がすジプシーの踊子のように。
フラメンコのリズムに乗って情熱的に歌う。
「なぜか映画“黒いオルフェ”のシーンを思い出してしまうんです。」
別離の予感に満ちた歌詞。幸せいっぱいの百恵ちゃんには、ちょっと気の毒?
「いえ、精いっぱい主人公になりきって歌います。」
あと半年で結婚、引退。
「未練が残らないといったらウソになるけど。
いくつかの都市をまわって、お別れのリサイタルをやるつもりです。」
タグ:謝肉祭
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2020年03月29日

引退ドキュメント-18 ライバルと言われたふたりの友情/百恵列車が走る!

40年前の3月28日(金)
この日のスケジュールは5月21日発売アルバムのレコーディング。

ラジオではレギュラーの
「山口百恵と宇崎竜童の トヨタ・ローリングタウンNo.1」(ニッポン放送 20:00〜)が放送。
やっと婚約、引退発表後の録音回になりそのあたりも触れられている。
宇崎氏の「恋人宣言の前から10月に結婚しようと気持ちの確認があったんだ?」の質問に対して
「秋頃に結婚できればベストだなぁって、でもそんなに何もかもうまくいくとは思ってなかった」と答え、その他引退へ向けての仕事への思いを語っている。

次回で番組は終わりで、最終回は公開録音のためスタジオからは最後。
-中盤受信状態が悪くかなり雑音が多いです-



3月29日(土)
この日発売の「週刊明星 4月13日号」には『桜田淳子本音告白 「百恵ちゃんの結婚・引退と私の複雑な胸の内」』と題して、桜田淳子へのインタビューが4ページ掲載されている。いくつか抜粋する。

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百恵の婚約、引退発表を、淳子はその夜のテレビで初めて知った。いまだに生々しいショックが尾をひいている。
「すごい衝撃でした。まさか、こんなに早く百恵ちゃんが引退するなんて。みんなにライバルと言われてここまできたけど、大きな支えを失ってとても複雑な気持ちです。私がいたって芸能界がどうなるわけでもないし、いっそ辞めてどこかへ行っちゃいたいとおもったくらい・・・」
「でもうれしかったのは、百恵ちゃんと友和さんが、スキャンダルにならずに、マスコミに勝ったこと。この世界にある一種のいやな部分をぶちこわしてくれたことにさわやかさを感じます。もし私に好きな人がいたら“やられた”って感じがしたでしょうが、あのふたりは真面目に愛し合っていたし、とってもよかったと思うんです」
「私は女の直感で、きっと友和さんを選ぶと信じてた。ただその時期があんまり早すぎただけ。今思うと、うなづけることがあったの。去年、百恵ちゃんが“恋人宣言”する2週間くらい前、『夜のヒットスタジオ』の楽屋で、彼女がめずらしくぽろっと言ったんです。“私、結婚したらいい家庭を作って、早く赤ちゃんが欲しい”って。前々から百恵ちゃんは、お嫁に行くときは仕事をやめるという強い意志があったみたいだけど、それを聞いたときは、ずっと先のような気がして」

去年の10月、百恵が大阪で、あの“恋人宣言”をやってのけた日、淳子は倉敷で公演中だった。突然、新聞社からコメントを求められたが、淳子は半信半疑でボウゼンとなった。
「帰りの車の中でも、涙がジワーとあふれてきたんです。百恵ちゃんてすごいなあ、みんなの前で思い切った“宣言”するなんて、ほんと、ショックだった」
2日後に正月用の対談があって、百恵はひさしぶりに会った淳子にこう言った。
「ホッとしたわ。淳子ちゃんのところへもいろいろ取材があったでしょ、忙しいのにごめんなさいね」

淳子は今、赤裸々に、これまでのふたりの軌跡を告白する。
「制服でスタジオへ駆け込んでいた頃は、仕事も学校の延長みたいでキャッキャ騒いでいた。ごく自然なことで、ほんとに楽しかった。それが卒業して社会人になると、まわりの見る目も変わってきちゃう。
 私も変に遠慮してしまうようになったんです。ふたりが仲良く話し合ってても、まわりから“あんなのウソだ”なんていわれたり・・・・・・。百恵ちゃんのことは大好きだったけど、いつしか顔を合わせるのが苦痛になってしまった。
 そうなると話しかけたくてももうどうしようもないのね。彼女の方がまだリラックスしてたけど、私はなぜか意識過剰になっちゃう。だから森昌子ちゃん、岩崎宏美ちゃんの方が気楽に百恵ちゃんに話しかけてたみたい」

テレビで百恵の引退を聞いた夜、淳子は奇妙な夢を見た。
「私が百恵ちゃんの新居へ行って、仲よくおしゃべりしてるの。窓を開けると太陽がさんさんと輝いて、広い海が見えるんです。とってもいい雰囲気だった。ふたりの間に立ちはだかってた壁がなくなって、打ちとけて何でも話し合えた。朝、目がさめてからただうれしくて・・・・・・。」
「やっぱり百恵ちゃんの存在は、私の中で大きな位置を占めてた。こんどこそ、ほんとうのお友達になれそうな気がします。
百恵ちゃんがお嫁さんになったら、家へ押しかけて、いろんなことを話したい」

桜田淳子と山口百恵。
同じ中学へ通い、高校で離れてからも毎晩のように電話をしていたふたり。
いつしか芸能界のなかで離れてしまったふたり。
でもいつも心のどこかでお互いを思っていたことがよくわかる。

また新聞にて「百恵列車が走る」の記事が掲載された。
5月11日に札幌で行われる「山口百恵リサイタル」の為に、札幌近郊の百恵ファンを『百恵列車』で札幌まで運ぼうという国鉄初の企画だ。
当時これには驚いた。
その第一報記事。

日刊スポーツ
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2020年03月27日

引退ドキュメント-17

40年前の3月27日(木)
この日発売の「週刊女性セブン」(80年4月10日号)には『山口百恵 80億円稼ぎだす大計画の中身!』
との見出しで引退までの200日で80億円を稼ぐだろうと、引退興行の予定と試算を掲載している。
ホリプロと東宝へのインタビューが興味深い。

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抜粋すると。

引退まであと200日あまりになったが、山口百恵のこれからのスケジュールについて、ホリプロダクションの守屋邦彦宣伝部長はこう語る。
「まず4月、5月は平常通りのスケジュールで土曜、日曜は公演がはいっています。6月と7月は、映画の撮影にあてています。従来の百恵主演映画は、お正月(12月下旬公開)とお盆(7月下旬公開)でしたが、今回はそれとは大きく違うものになる予定です。まだなにをやるかは決定していませんが、あくまでも百恵の“引退記念映画”ということに主眼をおきます。
記念映画の上映時間は少なくとも2時間30分以上になる大作で、公開時期は秋、つまり百恵の引退時期の10月になります。そのために2か月間のスケジュールを映画のためにとったわけです。この製作発表は5月の初めにします」
「8月は上旬にテレビドラマを予定してます。1時間30分のワクでやりたいですね。
8月の下旬は、恒例になっている『百恵ちゃん祭り』があります。今年は4日間ほどになるでしょう。
というのはその間にLP制作をするんです。記念LPは5枚組になる予定ですが、それにあてる時間もかなり必要なわけです。
9月にはいると、全国縦断の、さよならコンサートがはじまるんですが、いまのところ札幌、福岡、名古屋、大阪、東京の5大都市で5日間、計10回が決定しています
そのほか『百恵ちゃん祭り』でライブレコード、さよならコンサートをフィルムに収めて、映画にすることも予定され、また記念映画のサウンドトラック盤も検討中です。
あとは、5月と秋に出版される写真集があります。
まあ、こんなところが引退までの百恵の全スケジュールですが、これから百恵のイベントにはキャッチコピーとして“ラブ百恵”というタイトルがつくことになっています」

引退記念映画は結局年末、翌年のお正月映画になった。
ドラマは各局で何本か作られ、最後に放送された“赤いシリーズ”の最終ドラマは前後篇の2時間ドラマとなった。
レコードでは5枚組の記念LPには新録も入れる案があったのがわかる。
確かに同じCBS・ソニーのキャンディーズの解散時の5枚組記念LPは、ベストが3枚、新録洋楽カヴァーが1枚、新録オリジナルが1枚という内容だった。
百恵の5枚組(「百恵伝説-Star Legend-」)は結局デビューから「ロックンロール・ウィドウ」までのオリジナルのベストとなったが、新録が1枚入ったらこれは特別なメモリアルになったはずだ。

随分驚いたのが「5大都市で5日間、計10回が決定しています
の所と、「さよならコンサートをフィルムに収めて、映画にすることも予定され」の所。
さよならコンサートは結局5大都市で行われたが、当初は5日間で計10回の計画だったのか?
となるといつもの地方公演と同じで昼、夜二回公演を予定していたという事になると思う。
最後のコンサートがそんな商業ベースで考えられていたとは・・
これはそうならなくて本当によかった。
また映画にする考えがあったのにも驚いた。
引退記念映画の上に、引退コンサートの映画とは。
しかしこれは実現して欲しかった計画だ。
引退コンサートは翌月ビデオテープで、抜粋編集版89分(25,000円)で発売されたが、当時はまだまだビデオデッキは普及されていなかった。テープも25,000円とは高価すぎる。(当時の大卒初任給 114、500円)
これが映画で大きなスクリーンで再現されたら、全国のファンたちの一番のメモリアルになったと思う。

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さらに記事は続く。

東宝の林醇一宣伝部長はこういう。
「来年から、1作あたり10億円を稼ぐ唯一の安定路線がなくなってしまうのは、ほんとうにつらいですね。
山口百恵の引退記念作品では、いままでの2回分、配収で20億円、少なくても15億円を狙いたいです」
「本来は、もう作品を決定していなければいけないんですが、遅れていて申しわけなく思っているところです。
百恵の花道を飾る作品ということで、それなりに考えているんですが、これだと思うものは他社が映画化権をもっていたりして、なかなか決まらないんです。百恵・友和のコンビにするかどうかも白紙です。あくまでも作品しだいということですね。コンビにこだわっていると、企画の幅がせばまってしまいます。
当初『五番町夕霧楼』はどうかと考えていたんですが、松坂慶子主演で松竹さんが制作することになってしまいまして、ふりだしにもどってしまったわけです。
いずれにしろ、百恵の最後の映画ですから、より多くの人に見ていただきたいし、それに応える作品を全力でつくらなければいけないと考えています」

引退記念映画は結局それまでの東宝、ホリプロ提携作品ではなく、ホリプロ一社の制作、東宝配給となったが、東宝側のインタビューで「五番町夕霧楼」が候補だったとは、サスガ東宝だ。
映画会社らしい大作を考えていてくれたのだ。
遊郭に売られた女性の物語で、これは百恵で観てみたかった。
しかし引退記念となるとどうなのか。「古都」に落ち着いたのはよかったのかもしれない。
「五番町夕霧楼」はその前にやっておくべきだった。
百恵の映画出演はホリプロが守りすぎて大作には出演出来なかったのが本当に残念だが、最後の映画ではホリプロは良い仕事をしたと個人的には思う。
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