2020年03月29日

引退ドキュメント-18 ライバルと言われたふたりの友情/百恵列車が走る!

40年前の3月28日(金)
この日のスケジュールは5月21日発売アルバムのレコーディング。

ラジオではレギュラーの
「山口百恵と宇崎竜童の トヨタ・ローリングタウンNo.1」(ニッポン放送 20:00〜)が放送。
やっと婚約、引退発表後の録音回になりそのあたりも触れられている。
宇崎氏の「恋人宣言の前から10月に結婚しようと気持ちの確認があったんだ?」の質問に対して
「秋頃に結婚できればベストだなぁって、でもそんなに何もかもうまくいくとは思ってなかった」と答え、その他引退へ向けての仕事への思いを語っている。

次回で番組は終わりで、最終回は公開録音のためスタジオからは最後。
-中盤受信状態が悪くかなり雑音が多いです-



3月29日(土)
この日発売の「週刊明星 4月13日号」には『桜田淳子本音告白 「百恵ちゃんの結婚・引退と私の複雑な胸の内」』と題して、桜田淳子へのインタビューが4ページ掲載されている。いくつか抜粋する。

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百恵の婚約、引退発表を、淳子はその夜のテレビで初めて知った。いまだに生々しいショックが尾をひいている。
「すごい衝撃でした。まさか、こんなに早く百恵ちゃんが引退するなんて。みんなにライバルと言われてここまできたけど、大きな支えを失ってとても複雑な気持ちです。私がいたって芸能界がどうなるわけでもないし、いっそ辞めてどこかへ行っちゃいたいとおもったくらい・・・」
「でもうれしかったのは、百恵ちゃんと友和さんが、スキャンダルにならずに、マスコミに勝ったこと。この世界にある一種のいやな部分をぶちこわしてくれたことにさわやかさを感じます。もし私に好きな人がいたら“やられた”って感じがしたでしょうが、あのふたりは真面目に愛し合っていたし、とってもよかったと思うんです」
「私は女の直感で、きっと友和さんを選ぶと信じてた。ただその時期があんまり早すぎただけ。今思うと、うなづけることがあったの。去年、百恵ちゃんが“恋人宣言”する2週間くらい前、『夜のヒットスタジオ』の楽屋で、彼女がめずらしくぽろっと言ったんです。“私、結婚したらいい家庭を作って、早く赤ちゃんが欲しい”って。前々から百恵ちゃんは、お嫁に行くときは仕事をやめるという強い意志があったみたいだけど、それを聞いたときは、ずっと先のような気がして」

去年の10月、百恵が大阪で、あの“恋人宣言”をやってのけた日、淳子は倉敷で公演中だった。突然、新聞社からコメントを求められたが、淳子は半信半疑でボウゼンとなった。
「帰りの車の中でも、涙がジワーとあふれてきたんです。百恵ちゃんてすごいなあ、みんなの前で思い切った“宣言”するなんて、ほんと、ショックだった」
2日後に正月用の対談があって、百恵はひさしぶりに会った淳子にこう言った。
「ホッとしたわ。淳子ちゃんのところへもいろいろ取材があったでしょ、忙しいのにごめんなさいね」

淳子は今、赤裸々に、これまでのふたりの軌跡を告白する。
「制服でスタジオへ駆け込んでいた頃は、仕事も学校の延長みたいでキャッキャ騒いでいた。ごく自然なことで、ほんとに楽しかった。それが卒業して社会人になると、まわりの見る目も変わってきちゃう。
 私も変に遠慮してしまうようになったんです。ふたりが仲良く話し合ってても、まわりから“あんなのウソだ”なんていわれたり・・・・・・。百恵ちゃんのことは大好きだったけど、いつしか顔を合わせるのが苦痛になってしまった。
 そうなると話しかけたくてももうどうしようもないのね。彼女の方がまだリラックスしてたけど、私はなぜか意識過剰になっちゃう。だから森昌子ちゃん、岩崎宏美ちゃんの方が気楽に百恵ちゃんに話しかけてたみたい」

テレビで百恵の引退を聞いた夜、淳子は奇妙な夢を見た。
「私が百恵ちゃんの新居へ行って、仲よくおしゃべりしてるの。窓を開けると太陽がさんさんと輝いて、広い海が見えるんです。とってもいい雰囲気だった。ふたりの間に立ちはだかってた壁がなくなって、打ちとけて何でも話し合えた。朝、目がさめてからただうれしくて・・・・・・。」
「やっぱり百恵ちゃんの存在は、私の中で大きな位置を占めてた。こんどこそ、ほんとうのお友達になれそうな気がします。
百恵ちゃんがお嫁さんになったら、家へ押しかけて、いろんなことを話したい」

桜田淳子と山口百恵。
同じ中学へ通い、高校で離れてからも毎晩のように電話をしていたふたり。
いつしか芸能界のなかで離れてしまったふたり。
でもいつも心のどこかでお互いを思っていたことがよくわかる。

また新聞にて「百恵列車が走る」の記事が掲載された。
5月11日に札幌で行われる「山口百恵リサイタル」の為に、札幌近郊の百恵ファンを『百恵列車』で札幌まで運ぼうという国鉄初の企画だ。
当時これには驚いた。
その第一報記事。

日刊スポーツ
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posted by kayochronicle at 23:00| Comment(0) | 引退ドキュメント