2020年04月06日

引退ドキュメント-22 大事な新ラジオレギュラー「夢のあとさき」始まる

40年前の4月5日(土)
コンサート(山形県・鶴岡市 鶴岡文化会館)

4月6日(日)
コンサート(山形県・新庄市 東山体育館)

テレビでは
「スター誕生! <欽ちゃん今日でお別れ涙の卒業生> 」(日本テレビ 11:00〜)出演
司会の萩本欽一さんが番組を辞めるという事で通常のオーディションの後、卒業生たちが集まりお別れを告げた。(収録は2月27日)
また同じく番組開始からアシスタントを務めていた井上れい子さん、欽ちゃんコーナーから芸能界入りしたクロベエ、ユージローも一緒に番組を去った。
バトンタッチされた新司会者はタモリさんと俳優の谷隼人さん(当時は改名して岩谷隆広)のコンビ。
欽ちゃんがいなくなるというのは番組の顔を失ったようなもので、「スター誕生!」の大きな痛手だったと思う。

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TVガイド

最後は集まった卒業生たちと一人一人握手を交わし、客席に下りてさよならを告げた。
この時、欽ちゃんが百恵と握手をした時「あ、はじめて百恵ちゃんの手にさわった」と言われ、涙をこらえていた百恵も泣いた。
その時の放送がアップされていたので載せさせて頂く。



番組収録後パーティーが開かれ、百恵も出席している。

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女性自身3月20日号

夜には「ヤンヤン歌うスタジオ」(東京12チャンネル 20:00〜)に出演

またこの日、百恵のラジオ番組をずっと放送してきたニッポン放送で引退に向かってメモリアルな百恵の新レギュラー番組が始まった。
この日の前々日に同じニッポン放送のレギュラー、宇崎竜童氏との番組の最終回があったばかりで、この新番組を知らなかったファンも多かったと思う。
タイトルは「−SONY NIGHT SQUARE− 山口百恵 夢のあとさき」、毎週日曜夜22:00〜の30分番組。

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電車吊り広告 札幌の地下鉄で見たときの驚きを今でも憶えている

「夢のあとさき」というのは百恵のアルバム曲から取ったタイトルと思うが、オープニングに流れるのは百恵がコンサートのエンディング曲としてずっと歌ってきた『歌い継がれてゆく歌のように』。
番組構成はこれまでの百恵のラジオ番組やステージの構成も担当していた宮下康仁。
前半は百恵のこれまでの足跡を自らたどる「THE STORY」、後半はリスナーからよせられた自らの青春をストーリー化して届ける「青春Black & White」。エンディング曲は『夜へ・・・』

この日そんな番組が始まることを知らなかった自分は何気なく新聞のラテ欄を見ていた。
するとラジオ欄に「山口百恵」の名前が!!
時計を見ると22:00直前!
急いで部屋に飛んでいき、オーディオのスィッチを入れ、カセットデッキで録音を回しながらチューナーのメーターを回しニッポン放送を探す。が、ニッポン放送は北海道ではかなり受信しにくく、特にオーディオのチューナーではAM放送の遠い局は更に受信しにくかった。本当にかすかに聴こえるか聴こえないかの状態で百恵の声が聴こえてきた・・と思ったらまた聴こえなくなる。これでは全く無理。。どうしよう。。と目に入ったのが父の使っていた携帯用ラジオ。短波も受信できるラジオで、それより5年前、このラジオから偶然「百恵のラブリータイム」を受信し、以来百恵ちゃんのとりこになった事を一瞬で思い出し、その携帯ラジオで受信してみると、かなりの雑音ではあったがはっきり聴こえた。
すぐに今度はオーディオにマイクをつなぎ、そのラジオにマイクを向け録音を続け、それでも百恵の声が聴こえたと思ったらまた消えてゆく・・の繰り返しで、やっとの思いで聴いた思い出がある。
そんな中貴重な百恵の「スター誕生!」でのオーディション時のテープが流れてきて、『こんな雑音とそれもラジオにマイクを向けたような録音状態の中で、こんな時にすごいもの(オーディション)が流れて(涙)』と悔やんだものだ。
この時の録音を今でも大事に取ってある。今聴くとその時必死になって受信しようとするのが手に取るように伝わってきて懐かしい。
後にこの番組を受信、録音状態が良いものをゆずって頂いたものがあるので、そちらでは番組をきちんと聴いて頂ける。
「THE STORY」第1回は『Star is born』。
このコーナーではインタビューゲストがテープで登場するのだが、第1回は欽ちゃんだった。



このあと番組は10月5日の武道館コンサート当日まで続き、毎週毎週この番組が大切なものになって行く。
posted by kayochronicle at 23:00| Comment(0) | 引退ドキュメント