2020年03月22日

引退ドキュメント-13

40年前の3月22日(土)、この日は東京、八王子市民会館で「山口百恵オン・ステージ」。

この日発売の週刊明星4月6日号には『独占第2弾!! 三浦友和 山口百恵極秘取材メモ一挙公開!!』と題し、前号の百恵の独占手記掲載に続いて記者たちによる百恵、友和のそれまでの取材裏証言が掲載された。

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記事から一部だけ紹介する。

A 本誌前号に載った百恵の直筆手記は、まさに決定版。婚約発表で言い足りなかったことを全部ぶちまけてるね。
C 3月7日に発表して、百恵は8,9日と四国公演があった。ところが大阪から徳島へ向かった飛行機がエンジントラブルを起こし、鳴門公演は緊急中止。それでも9日に松山で会った百恵は明るさいっぱいで、ホテルから東京の友和に電話を入れてた。
B 「風邪ひくから裸で寝ちゃだめよ」なんて。聞いてるほうはたまんない(笑)。

C 四国から帰京した10日の深夜、百恵が本誌編集部へ来てあの手記を一気に書いた。エンピツ握って3時間ぶっ通し、コーヒーにも口をつけず思いのたけを書きまくったんだ。
D あれでスカッとしたのよ。「おつかれさま」って帰りがけに四国のおみやげを置いていったもん。うれしそうだった。
A 古い話だが、百恵がデビューした頃、横須賀の市営住宅へ行ったんだ。そしたら妹と寝る二段ベッドの横の壁に西城秀樹の特大ポスターが貼ってあってね。「私、大ファンなのよ。“スタ誕”に応募したのも、歌手になればヒデキさんに会えると思ったから」って。

A 4年前の『横須賀ストーリー』から百恵の曲を作ってきた宇崎竜童は、「前から恋人は友和と感じてたよ。名前を口に出さなくても“私の好きな人”とか“私の彼”とか、いちいちニクタラシイんだ。相当入れ込んでたな」と言ってる。
B ニッポン放送で竜童とDJ番組をやり出してからの百恵は「あたたかい家庭を作りたい」としきりに言ってた。
C 発表前夜の3月6日、番組が終わってから百恵が「宇崎さん、これからお仕事あるんですか?」って訴えるような目で聞いた。あいにく仕事があって宇崎は別れたが、翌日ドーンとやっちゃった(婚約発表)ろ。
B 怒ったね、「このー!おれにひと言も話さずに婚約発表するのはけしからん」って言ったら百恵は「昨日、お食事でもしながら話したかったんです」って。

A 3日から一波乱あったのよ。NTV『紅白歌のベストテン』で、百恵の緊急発言があるって新聞のテレビ欄に出た。その前の週に友和が買ったマンションが発覚しちゃって百恵に何か言わせようとしたんだ。
B 「私がどうして言わなきゃならないの」って。楽屋で百恵とマネージャーが大もめ。ホリプロ小田制作部長がNTVに抗議したり、波乱のウィークがはじまった。

A 婚約発表は7日の午後4時だったが、その知らせが解禁されたのは当日の2時半だ。会場をおさえたのも当日でマスコミはまったく気づかなかった。
C それからが大へん。東京プリンスで発表だというんで、「車より地下鉄のほうが早いぞ」と、うちも都営6号線に乗り込んだ。芝公園駅から雨の中をホテルまでまっしぐら。


A 宇崎はこう言ってる。「百恵の引退までにレコードを何枚出せるかわからないが、おれは最後まで見届けてオトシマエをつける。百恵がハッピーになったら、もう曲は書けないから」って。
 これから引退記念映画やステージ、レコード、本なんか出るだろうが、一部には無責任な“密約説”も流れてる。百恵が2年後にカムバックして、ホリプロの傍系事務所を持つと言うんだ。

B だいぶうがった見方ではあるね・・・。


タグ:週刊明星
posted by kayochronicle at 23:00| Comment(2) | 引退ドキュメント
この記事へのコメント
宇崎さんの「オトシマエをつける」の一言。
心に刺さります。
意気込みに感服です。
Posted by NM-World(のぶくん) at 2020年05月06日 08:27
「ウィドウ」や「アポカリプス」、
「不死鳥伝説」や「さよならの向う側」、
宇崎さんの『オトシマエ』だったのでしょうか。。
Posted by kayochronicle at 2020年05月08日 05:04
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